違和感から「自分らしく生きる」を考える

―雑誌IWAKANについて教えてください。

IWAKANは、2020年10月に創刊した雑誌です。

毎号異なるテーマを掲げて、そのテーマにおけるジェンダー、セクシュアリティー、性別二元論などの違和感にフォーカスを当てながら表現や取材を行っています。「ロールモデルや正解を提示しない」をモットーに、一冊の中にいろんな人の見解や視点、アプローチが集められている雑誌を目指しています。

『世の中の当たり前に違和感を抱くすべての人へ』というコンセプトに基づいて、自分が感じる違和感や、他の人が感じる違和感を共有しあえる物になれればといいなという気持ちで作っています。

―ユリ・アボさんについて教えてください。

IWAKANの発行元である、REING(リング)でプロデューサーとして働いています。
REINGは多様な個のあり方とその意思を祝福し、二元論に囚われない表現を追求するクリエイティブスタジオです。ジェンダー・イシューに関心の高いメンバーと共に、作り手側の視点をアップデートしていくことを目的に活動しています。REINGに集まった5人で制作しているのがIWAKANです。

仕事内容としては、IWAKANの編集やプロデュースの他に、企業の広告制作、REINGのコンテンツマネジメントも行っています。
プロデューサー兼エディターなのですが、小さな活動体なので何でもやりますって感じです(笑)

問いかける違和感

―私がREINGを知ったきっかけが雑誌IWAKANでした。なので、今回はREINGの活動の中でも特にIWAKANに着目してお話をお伺いしたいと思っています。さっそくですが、記念すべきVolume1で特集『女男』をテーマに選んだのはなぜですか?

私たちが『男女』として語っているものや、ジェンダーとして語っているものというのは、性別二元論で語られるものが多いと思っています。つまり、男性か女性しかいないという前提で物やコンテンツが作られていたり、売り場もドラマや映画のストーリーもそういう形。でも、それ以外のジェンダーの人や今は『普通』とされていない人たちの存在って、なんだか存在しないものとされているよねっていうことを危機感として持っていたんですね。というのも、私たちが一緒に活動しているメンバーの多くは自分をノンバイナリー(自分の性認識を男女どちらの枠組みにも当てはめないという考え)や、クィア(一言で定義することが難しい概念だが、セクシュアルマイノリティを包括的に表す言葉として使われてきた歴史を持ち、現代では様々なラベリングを避けた生き方や態度を選ぶという考え)を自認しています。社会から無視されてきた存在。

なので、ジェンダーについて話すときに、まず、男と女しかいないことやそれが当たり前になっているところに一石を投じてみようということで、一冊目は必ずジェンダーについて取り上げようと思ったんです。ちなみにテーマを男女ではなく『女男』にしたのも、そこに違和感を抱いて雑誌を手に取ってもらえたらなという思いがあったからです。

―共感できる部分がたくさんありました。私は今一人暮らしをしていて、部屋に置くインテリアとか、全てを自分の好きなものだけでつくり上げた部屋なんです。でも友人が来た時に、「男の子に好かれそうな女の子の部屋だね」って言われて…。

あ~。それですよね。自分のためにやってるのにね。
なんかいやですよね。

―そうなんですよね。自分の好きでできた部屋なのに!ってすごくモヤモヤしました。

褒めてくれているのかもしれないけれど、「女の子なのにすごいね」といった『女の子なのに』という枕詞みたいなものに対して窮屈な気持ちを感じる人も一定数いると思っています。でも、そういう人たちのことを束ねる言葉ってないと思うんですよ。

だから、同じような違和感を抱くける人たちを繋げられ束ねられたらいいんじゃないかなって思っています。『こういう人たち』っていう。今は「普通」当たり前とされていない人、違和感を抱いている人たち、のことを私たちは『クィアネスな人たち』と呼んでいるのですが、違和感という言葉にでアンテナというか、ピンとってくる方たちと雑誌を通して何か分かち合うことができたらいいとすごく思います。

ラベルは必要なもの?

ー男性・女性というように、何者なのかを示す『ラベル』が社会にはたくさん存在していると感じます。先ほどのお話で、違和感を持つ人たちをまとめる言葉がないとおっしゃっていましたが、「こういう人たち」とまとめるラベルをユリ・アボさんは必要だと考えますか?

ラベルが必要か、必要ではないかというと…どっちなんだろう?と私自身もはっきりとは言えません。それも選べるものだと思うから。制度上は必要なものだとは思っています。書類に書かなきゃいけなかったり、社会のシステムを動かしていく上で、ある程度ラベルで人をカテゴライズしていかなければいけない部分はあると思うからです。

でも、そのラベルに対して伴う「イメージ」に対してはアップデートが必要だと思うんです。そのラベルのイメージでその人を決めつけて語ってしまうということにもう少し意識的にならなくてはいけない時期だと思っていてます。ラベルを持つこと自体はピュアにいいと思っているけれど、例えば、それが自分を閉じ込めてしまうラベルだったらそれは使わない方がいいと思うし、そのラベルを持っている人に対して自分のステレオタイプで勝手にジャッジするということはしないほうがいいと思います。

―REINGがYouTubeにあげている、2,3人でジェンダーのことに関して話している動画もよく見ています。その話し合いは終着点というか、「これがいい」っていう最終的な結論には毎回至らないじゃないですか。

そうですね(笑)

―私自身はラベルがあることに苦しさを感じていたのでラベルはない方が良いと思っていたのですが、ラベルがあることによって生きやすくなったという方の話を聞いて、「そういう人もいるのか!」って。REINGの活動を通して知りました。

確かに、自分の抱えているモヤモヤにも実は言葉があるっていうのは一つ勇気になると思っています。例えば、自分のセクシュアリティに対して、「性別ではなく人間として好きになるっていう感覚を友達と共有できなくて…。」みたいに感じていたとして、でもそこに、『パンセクシュアル』(すべての人は“人間”であり、人を好きになる時に性別やジェンダーは関係ないという考え)という言葉がある。

その言葉があることで安心ができるっていうのもラベルの価値だなって思うから、自分をすごく肯定できるラベルであれば、それは使っていくべきだし、大切にしていくべきだと思っています。でも逆に、そのラベルに押し込められてしまっている感覚があるものに対しては、「そうじゃない人もいるんだよ」って自分なりに抵抗することができると良いですよね。

―いいですね、自分が使いたいラベルを使うっていうの。

ほんとそうですよね。無意識だとなかなかそういう風に思えないので。

―それを意識できると、それぞれが感じるラベルに対しての苦しさも変わってくるのかなと思いました。

IWAKANとSDGs

―今回私たちは、SDGsを意識したことがない人に自分ごととして考えてもらえるようなきっかけづくりができたらと思い取材をしています。SDGsの目標というのは、気づいていないだけで実は身の回りに存在していて知らない間に達成しているものが多いのではないかと感じています。雑誌IWAKANにもSDGsに通じるものは何かありますか?

この質問はじめてかもしれませんね。メインは『5番 ジェンダー平等』なのですが、サブ的には『10番 人や国の不平等をなくそう』と『12番 つくる責任・つかう責任』もあるかなと思っています。

10番に関してはまだまだできていないことではあるのですが、すごく問題意識を持っています。例えば、REINGではブラック・ライブズ・マターの時に売り上げを寄付する目的で映画イベントを主催したのですが、参加者の皆さんとのディスカッションを通してたくさんの視点を交換しました。自分たちの周り、日本中にいるいろんなバックグラウンドを持った人たちのことを考えた時、私たちの活動は性別だけでなく人種であったり、国籍や生い立ちといったラベルにも必然的に繋がっていると私たちは考えています。

私たちがやっている活動は小さなことで、人や国の不平等をなくすための直接的な活動にはまだ遠いのかもしれないけれど、まずは風潮やカルチャーの領域からSDGsに繋がるのではないかと思います。

―たしかに、ラベルは性別に限ったものではないですもんね。12番に通じる部分についても教えてください。

REINGでは、ものづくりをするときに生産過程や簡易包装など、サステイナブルな作り方にこだわっています。たくさん作るのではなく、ギリギリ最小限で作って、無くなってからまた作るようにしています。

実は、雑誌IWAKANも1号の増刷はこれで最後にしようって決めたところです。半年経っても欲しいって言ってくれる人はいるかもしれないんですけど、紙はすごく貴重な資源だと思うし、何にでも通じますが、売れたら商品になるけれど、売れなかったらゴミになる。これは紙の雑誌をつくる上で、作り手側の責任の一つであると思い、意識しています。

―インスタグラムの方で1号の増刷はもうしませんという投稿を見て、読者としては友人に紹介してこの雑誌を沢山の人に知ってもらいたいという気持ちがあったので悲しく思っていたのですが、今のお話を聞いてサステイナブルな作り方にとても共感しました。雑誌って特に、多く刷って余ってしまうものなんじゃないかなって…。

通常、雑誌は本の流通や取次を介して全国の本屋さんに届くけど、売れなかったら出版社に返本されるシステムなんです。それって売り切れなかったら結局廃棄されてしまうものだし、途中に色んな流通の仕組みがあることは効率的な一方で、作り手としてはせっかく作っても誰が買ってくれているのかわからないことがすごくもったいないなと思っていました。

IWAKANはインディペンデントの雑誌なので、自分たちで直接売ることができています。この雑誌に共感してくれた方って誰なんだろうとか、どういう書店員さんが選んで書店に置いてくれているんだろうっていうところが見える範囲でまずは売りたいと思っています。顔の見える範囲でやるからこそ一冊一冊の価値や、どれだけのエネルギーをかけ続けるのかというところはすごく考えさせられます。

2030年に向けて、この10年でなんとかドライブさせていくっていうときに、私たちの世代や、皆さんの世代が持っている当たり前の感覚…むしろ、当たり前に言われているものや語られているものに対しての「なんかそれ違くない?」っていう感覚が、実はアイディアとか、社会をよくする源泉なのかなって思います。それは私たちが引っ張っていくものでもなんでもなくて、皆さんお一人お一人の中にある視点なんじゃないかと。そんな、良い視点を持った人たちが表現できる機会やチャンスが増えていく。雑誌という形式にこだわらず、そういう場所の作り方をしていきたいなって改めて思います。

「自分らしく生きる」を考える

―今回、ジェンダーについての様々なお話を伺ってきましたが、自分が自分らしく生きるために、それぞれがすべきアクション・行動はどのようなものだと思いますか?

自分らしさが分からない人の方が圧倒的に多いんじゃないかと思っています。

私自身、「自分らしく」とか「ありのままでいいよ」と言われることに戸惑った方なんですよね。だって、そんなものってどうやって見つければいいの?って凄く思って悩んでいたので。でも、REINGで活動をする中で、「これが自分らしさなのかな」って思い出せるヒントになったのは、『心地よさ』と『違和感』。何が好きかや何にしっくりくるのかという居心地の良さは人それぞれユニークなので、それをちゃんと思い出す機会や時間をもつは、自分らしさに繋がるヒントなので大事だと思ってます。

だけど、何が好きだったかも忘れちゃうんですよ、大人になると。高校卒業したぐらいから就職や将来のことを意識しはじめて、そうすると自分が社会からどう認めてもらうかって方に忙しくなっちゃって、自分が好きだったことをすぐに思い出せなくなります。私もなりました。そこで、もう一つ役に立つのは『違和感』です。

今、自分が抱いている違和感っていうのは、他の人が感じていないこと、あなたにしかない、『自分らしさ』というものの一つの片鱗なんじゃないかって思います。大きな社会のサイクルの中に自分を合わせたり閉じ込める選択もできるけど、他の人が見過ごしても、自分だけは反応してしまうものはまさに自分にしかないものだと私は思うので。それに対して「どうすればよくできるか」とか、「どうすれば自分の価値に変えられるか」っていう思考を実行していくことが大切だと思います。その積み重ねの延長線上に同じこと考えている人が絶対いるから。その人たちと出会うことで、より自分らしく生きることが楽になっていくと思います。

それから、自分らしさは環境ややりたい領域でどんどん変化していくもので、一貫性を必ず持たなくてもいいと思っています。「自分らしさ」や「ありのままでいいよ」の乱暴さってそこにあると私は思うからです。相手によって見せる自分は全然違うじゃないですか。だから、全ての自分の核にある部分を居心地よくしていくっていうことが自分らしさにおのずとなっていくと思うし、それを考えるときに自分の『違和感』とか『心地よさ』っていうものに、少し敏感になってみると見つけやすいのかなって思います。

―自分らしく生きることに対してのユリ・アボさんの考え、すごく素敵です。

難しいですよね。自分らしく生きるって。私も、自分らしいってなにかしらってずっと思ってました。でもやっぱり、定義するのは自分でしかないんです。誰も定義してくれないから。

「あなたらしいね」って言われても、「あなたの前で見せている私の一部だからな…」とか、思ってしまうので…(笑)ただ、自分には正直に、心地良くいたいですよね。

―分かります。『自分らしさ』っていうのは、自分だけが持っている自分なんですかね。

そうそう。絶対に持ってますからね、全員。皆さん一人一人が持っていると思います。よく言うんですけど「普通の人」はいないと思っているし、全員がユニークなので。でも、それを二の次にしてしまうスピードで社会が動いてることや、自分らしさを大事にしているだけなのに周囲からおかしいって言われてしまうことが問題だと思うんです。

REINGのメンバーと、「5歳に戻って、好きだったことを思い出そう!」ってよく話してます。…もう5歳のときに何が好きだったとか覚えていないですけどね。気持ちの方の5歳で(笑)社会のルールとか、それこそ性別やラベルを知らなかった頃の好きなことをそのまま、何歳になってもできる世の中になるといいですよね。

IWAKAN Volume 02 | 特集 愛情

発売日:2021年3月26日
特集:愛情
社会が作り上げた恋愛のルールに違和感を感じる私たちに寄り添うために、ジェンダーやバイナリーにとらわれない愛の在り方を考えてみる一冊です。恋愛のゴールは結婚、他者に愛し愛されることが幸福、愛は一途で不変であるべき、証明できる愛こそが正しい…。愛は自由なはずなのに、なぜこんなにも多くのルールに縛られなくてはいけないのでしょうか?今号では、恋愛という当たり前に、様々な角度から”違和感”を問いかけています。

販売取扱:REINGオンラインストア(REING)
公式Instagram:@iwakanmagazine

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